インテリジェンスと「ちょちょら」

人鳥堂の飯島です。

意見は私個人のものです。

今日の珈琲

 今朝はモカブレンドでした。雨でしたので、粗挽きで。馴染みになった味ですが、それでも、いつものものという満足と新しい発見があるというのが理想ですが、なかなかです。


決断のために必要な情報
 度々の引用で恐縮です。『インテリジェンスとは単なる情報ではない。「外交・安全保障政策における意思決定の判断材料とするために収集・処理・精製し、提供される情報のことである。そうしたインテリジェンスを政府首脳のために作り出す機関を「インテリジェンス機関」と言っている。』(サイバー・テロ 日米vs.中国 (文春新書))というインテリジェンスの定義を踏まえて、昨今の日本をとりまく状況を考える手がかりを、冷静に入手しなければなりません。その格好のテキストの一冊が、手島龍一著『宰相のインテリジェンス: 9・11から3・11へ (新潮文庫)』です。


 「インテリジェンス」についてのセンスは、私たちの人生の決断場面にも活かされるものだとすれば、知っておくべきことでもあります。
 それはさて置き、インテリジェンスによって、ブッシュは誤った決断を下し、インテリジェンスの不在が菅前首相の不決断を招いたとする本書は、オサマ・ビンラディン暗殺作戦の実行と、それを見守るオバマ大統領とその国家安全保障チームのメンバーの集合したシチュエーション・ルームの場面から始まっています。ブッシュに対するオバマの成功の鍵はインテリジェンスにあったということであれば、今回の「シリア危機」に際して、軍事行動の崖っぷちで辛くも立ち止まりえたオバマ大統領の決断も、インテリジェンスが支えたということだったのでしょうか。真相は、時間が立たなければ明らかにならないのでしょう。ただ、今回のアメリカの軍事行動について、米海軍の発表があった時に、艦隊の展開とともに、サイバー攻撃の準備も整っているとの発表があり、奇異な感じがしました。前掲書には、「将来的な戦争に際しては、何らかの形のサイバー攻撃が最初に行使されることになるだろう」とありましたから、当然、かつてシリアの防空システムを無力化したサイバー攻撃(詳しくは前掲書を)にならってサイバー攻撃があるだろうと思っていましたが、しかし、隠密作戦であってこそ効果があるサイバー攻撃について、事前に発表するというのはいかなる意図があってのことかと思ったからです。あるいは、何らかのメッセージが込められていたのでしょうか。これは私の感想です。


愚者は経験に、賢者は歴史に学ぶ
 しかしながら、本書は、インテリジェンス至上主義とも言える幻想についても厳しい目を向けています。。たとえば、「ブッシュの戦争」に引きずられた日本の判断はインテリジェンスの欠如の故ではなかったという指摘もそうです。「三重の錯誤」の最後の指摘、インテリジェンスの有無などに問題をすり替えて、「安全保障同盟に内在する苛烈な本質から目を背けてはならない」とする著者の言葉を踏まえれば、この秋の臨時国会に提出予定とされる「日本版NSC」に関わる法案への受け止めは、幻想抜きの認識とならざるを得ないのではないでしょうか。
 さらに、オバマ大統領の日本での「東アジア政策演説」についても、「このとき、日本のメディアは、オバマ大統領が「東アジア重視の姿勢を打ち出した」と報じた。そうではない。「東アジアへの回帰」を高らかに宣言したのである。」と述べています。「リーダーシップを取り戻し」というフレーズの尋常ならざる表現であることを感知するセンスでしょう。
 解説で、阿部重夫氏は「インテリジェンス・オフィサーとは、優れた物語の紬ぎ手なのだ。」とあるように、手嶋氏の物語を堪能すると同時に、現在進行中の出来事が絵解きされるさまを経験することも出来るのです。


「ちょちょら」、これは、インテリジェンス小説でしょ
 お馴染みの若旦那や兄やんではなくて、今回の主人公は、ちょっと頼りない次男坊です。突然、播磨の国、多々良木藩の江戸留守居役を拝命することになります。兄と同じお役目に就任するのです。新米らしく、名前も間野新之介、同じ組合の先輩たちにいびられてと見えてそうではなく新之介のメンターのようなものでもあります、特に意地悪そうな岩崎が定石通り一癖も二癖もあるいい先輩だったり。作家の他の作品の主人公同様に、さわやかで、少し気が弱く、誠実な新之介は、経験を積んで成長していく、げーての夏目漱石の「三四郎」のようでもあります。
 いや、紹介が遅れました。畠中恵著『ちょちょら (新潮文庫)』のことです。

 なぜ、降って湧いたようなことになったのか?新之介の兄、千太郎が己の部屋で切腹したからです。何があったのか。同時に、同じ留守居役が辞任して、離藩してしまいます。その留守居役には娘がいて、兄の許嫁で、となれば、意外な再会を読んだときにはある種の結論が見えるのですが、見事に背負投をくいますが。
 事件は起きます、予想通り。しかも、財政難の藩にとって死活問題の、とてつもない費用がかかりそうな「お手伝い普請」の噂です。そして、それは兄千太郎の死とも関係の有りそうなことなのです。新之介は懸命に情報を求めて動きますが、思いもかけない出来事が、彼の道を開く手助けになっていきます。まあ、しかし、面白いです。テンポよく展開される物語を読むのは快感でもあります。しかし、手嶋氏の影響でしょうか、たとえば、「不意に気が付いた。西の丸は大騒ぎの最中で、まだ対処がなされていないであろう。そして今は、ことを知らぬ者も多い。つまり先手を取り陳情し、高官の意見を動かすことができるかもしれない時なのだ。」とか、「小判よりも”知る”という事の方が、価値があることがございます。」とか、「江戸留守居役をなさっていれば、おわかりでしょう。知るということには、価値があるのでございます。」という言葉に出くわすたびに、これはまた、インテリジェンス小説でもあるのではと思えるのでした。
 そして、最終幕の意外な展開は、次回作があることを期待させ、予感させるのですが、いかがでしょうか。


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