ベストセラーの秘密とは?

人鳥堂の飯島です。寒露の次候、「菊花ひらく」、旧暦の九月九日、重陽の日に摘んだ菊の花びらを乾かして詰め物にして、菊枕を作ります。菊の香りに誘われ恋しい人が夢に現れるとも言われ、女性から男性に贈られたそうですが、今はそんなことも、本の中だけかもしれないですね。

意見は私個人のものです。

今日の珈琲
 今日は、コスタリカ・スプリングバレーです。綺麗な味というのは適当かどうかわかりませんが、そう言う感じです。


ベストセラーの秘密、作品と作者と読者
 「ベストセラーの秘密」、というようなものはあるのでしょうか。なぜ、売れたのか?とか、作品の質と売上とはどのような関係があるのか?読みやすい、辛口のユーモアと様々なベストセラーにまつわる博識なエピソードに満ちた、フレデリック・ルヴィロワ著『ベストセラーの世界史 (ヒストリカル・スタディーズ)』は、十六世紀から現代に至る欧米を中心としたベストセラーとなった書物の、歴史的な変遷と時代や世相とともに変わるその条件を考察し、ベストセラー誕生の秘密を「書物」、「作者」、「読者」の三つの観点から分析しているというのがうたいこみですが、期待に違わない、面白い本です。


 ベストセラーという言葉が初めて使われたのは、1889年、アメリカ合衆国でのことだったというのですが、大量に売れた本が質の高い本であるのかどうか、そのことが信じられた古典主義の時代であっても、「書物の商業的成功という問が忘れ去られることはなかった。」ようです。その後、作品の価値と商業的成功は両立しないと断言する人々も出てきて、ルイ・フェルディナン・セリーヌも次のように述べていると、紹介されます。「ヒットした作品というものは、必ずひどい駄作なのです。」。
 ところが、そのセリーヌの『夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)』はベストセラーになるだけでなくロングセラーになり、加えて、セリーヌ自身は自身の作品の売れ行きが絶えず気になっていたようだというエピソードが綴られています。

  


 書物と映像の関係では、ジェームズ・ボンドのケースを取り上げていますが、ジェームズ・ボンドがジャマイカにあるイアン・フレミングの別荘で、フレミングのちょっとした気まぐれで生まれたことや、その後のフレミングの小説を書くことへののめり込みを示す、金メッキされた「ロイヤル・タイプライター」の購入や、ハリウッドに目をつけたこと、そして、ボンドの成功には、かのJ・F・Kの「ライカ」誌でのインタビューが、あずかって力があったことなどのエピソードが語られています。


それでも謎は残る
 これまで世界で最も売れた本の第一位は、『聖書』ですが、第二位、第五位、第六位に毛沢東の語録や選集が入っているのは、背景を考えれば最もですが、しかし、結局は、そうした背景がないとすれば、「本の運命など、決してだれにも、なにもわからない。」というガストン・ガリマール(フランス文学をちょっとでもかじったことのある人なら大抵知っている、ガリマール書店の創業者です。)の告白は、書物のヒットというものは合理的な説明を逃れ去るもので予測不可能なものだと著者は言います。
 たとえば、「ジャンルの掟」というものがあり、たとえば推理小説の場合、アガサ・クリスティーのベストセラー小説でも当てはまる、「短さ」が侵してはならないルールとされていたとされますが、それを裏切って、3000ページにも及ぶ、現代スウェーデンの陰謀を暗黒の小説、スティーグ・ラーソン著『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下合本版) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』は、エヴァ・ゲディンという慧眼の編集者によって、ルールを破って出版されることになり、さらに、発売のわずか数日前に、著者が亡くなるという出来事もあって、その後八年間で五千部近く売れたといい、ただし、その死が、「奇跡の唯一のげんいんではなかったのも、確かなことである。」としています。

    


 本書の解説にもありますが、ベストセラーの歴史を知ることは、世上、ほとんどの本がベストセラーにならずじまいであり、売れ行きベストテンとは全く無縁の書物が日々、山ほど刊行されていて、それらの本の存在が、文化にとてかけがえのない多様性をという価値を守っていることを逆に知ることも大事なことではないでしょうか。「二万部を超えると誤解がはじまる」というアンドレ・マルローの言葉を味わいつつ、秋の夜長を読書にふけってみましょう。


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