本についての信じがたい崇高さと愚行

人鳥(ぺんぎん)堂の飯島です。意見は、私個人のものです。

穀雨 第十六候『葭 始めて 生ず』

 

 ようやく、風邪が抜けそうになってきました。このところの気温の低下で、体調を崩してしまいましたが、やっと、回復です。
 今日の珈琲は、「トラジャ」です。



 本書を読んで、すぐに思い浮かんだことは、バイオリンの名器、『ストラディヴァリウス(ストラド)』のことでした。シェークスピアの戯曲の中で、彼が存命中に出版されたのは半数に過ぎず、しかも、判型がクォート(四つ折り)判と呼ばれる安価なものでした。しかも、「不正に入手された台本」からつくられ、それは、本来利益を手にする者には何ももたらさないものだったのです。
 そこで、シェイクスピア劇団国王一座の俳優、ジョン・ヘミングズとヘンリー・コンデルは、シェイクスピアの死後、戯曲のすべてを集めた「公認の、威信の高い、いわばハードカバーのフォリオ本(二つ折り本)の出版の準備に取り掛かり」、1623年の暮れも押し詰まったころ世にお目見えしたのでした。
 そして、全世界で、現在知られている限りでは、232冊あります。もちろん、知られずにひそかに所蔵されているものもあります。本書、エリック・ラスメッセン著、安達まみ訳『シェイクスピアを追え!――消えたファースト・フォリオ本の行方』には、シェイクスピアのファースト・フォリオ・ハンターによる精査、調査の過程で、「過去400年間で盗難や紛失の憂き目にあったフォリオ本についての心奪われる情報の宝の山」、「世界中で最も高額な印刷本(21世紀に至って六億円で落札された)の表表紙と裏表紙のあいだに横たわる、シェイクスピア劇そっくりの」、その世界に住む「泥棒、黒幕、愚者、変人」の「憧れのファースト・フォリオ本を手に入れるため」財産も名誉も危険にさらした行動のエピソードに満ちています。



 なんで、現存するファースト・フォリオ本をすべて調査する必要があるのかを知るには、実は、当時の印刷事情を知る必要があ理ます。
 当時は紙が貴重であり、一度刷ったものは反故にせず、そして、印刷所で、刷り作業を中断して修正が行われ、しかもちょうあいは、ランダムだったということがあります。その結果、同一エディションでも本文は全部違っていることが多くて、すべてをすり合わせないと正確なものはつかめないという事情があったのです。
 まあ、とにかく、人間の本源的欲望、それも曰く因縁のある書籍を所有するという欲望、一冊一冊が別々のものをもち、しかもシェークスピアのファースト・フォリオ本としては一つだという、ヴァイオリンの名器、『ストラド』の連想は、読後もかえって強くなりました。



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