記憶のスイッチ、入っていますか?ちょっと疑問です

ぺんぎん堂の飯島です。意見は、私個人のものです。

夏至 第二十九候『菖蒲 華さく』

 雨の日の楽しみは、街の音が柔らかくなることでしょうか。
 今日の珈琲は「トラジャ・パプアニューギニア」のブレンドです。


「記憶」をとりだすうまい方法はあるか

 認知症に関する報道を待つまでもなく、「記憶」について、大いに関心のある今日この頃の、年齢になりました。思いだすことがうまくできる方法はないのでしょうか。それも、あまり苦労しないで。そんなうまい話があるとは思いませんが、「記憶」について気になっていたところ、枝川義邦著『記憶のスイッチ、はいってますか ~気ままな脳の生存戦略 (tanQブックス)』に出会いました。


 「14歳の教室」シリーズですが、青少年向けと侮ってはいけません。わかりやすいということでは、格好です。中味は、大人もしっかり読んでおいたほうがいいと思いました。憶えたことをことを思い出すことが重要なのは、勉強真っ盛りの若者も、坂を登りきろうとしている中高年も、その位相は異なるでしょうが、同じ状況に直面しているとも言えるのではないでしょうか。
 

「あの曲でそのころ」が思い出されるわけ

 あのときのあの曲を聴くことで、その曲とは直接関係のない「そのころ」が思い出されるのはなぜでしょうか。「これが、『新生ニューロン』が記憶をつくるという学説による『あの曲でそのころ』現象の説明なのです。」という著者の言葉を考えると、これからも、自分であるために「記憶」することはあり、新生ニューロン説によれば、「あの曲」の記憶の段ボールにそのころのもろもろがあわせて詰め込まれていくように、「記憶=自分」がうまれるということでしょうか。

 さて肝心の思い出すですが、「記憶」には、「知憶(意味記憶)」と話したり、教えたりすることによる「エピソード記憶」というのがあって、「エピソード記憶」のほうが思い出しやすいのだそうです。

 それにしても、本書冒頭の、フランツ・カフカ変身 (新潮文庫)
』の例で、「記憶」と自分について語っていることは、人間存在の本質に迫るものだと、改めてかみしめました。



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