『名作うしろ読み』とは

ぺんぎん堂の飯島です。意見は私個人のものです。

立夏 第二十候『蚯蚓(みみず) 出(いずる)』

 首相官邸の屋上に落下したドローンは可愛くないですが、こちらは、ほんのり紅色のプロペラを持った紅葉のヘリコプターの写真です。もう、紅葉は種を飛ばす時期なんでしょうか。新宿御苑での一枚です。

 台風が接近してきていますが、いよいよ、季節の乱れや、箱根山の噴火予測など、容易ならない変動の時期を迎えているようにも思えますが、本当はいつの時代も、激動だったのではないでしょうか。ちょっと穏やかな方が珍しかったのではとも思います。


一度読んでまた読みたくなって読む本は結末を知っている、でも、面白い

 さて、本の読み方については、「後ろから読め」というようなことをどっかで読んだような気がします。もちろん、いきなり本文に入るのではなく、「まえがき」や「あとがき」をまず読んでからという意味だったと思いますが、ミステリーの場合などは、ネタばれになることもあるので注意が必要でしょうが、それでも、「あとがき」から読むことで得られるものは相当です。
 名作の書き出しは、なんとなく知っているもので、たいがい、本文は読んでいなかったりします。トンネルを抜けると雪国、は知っていても、『雪国』を読みとおした人はどのくらいいるのでしょうか。
 だから、その名作のラストの一文はどうなのか。それを調べてみようというコンセプトの本が、斎藤美奈子著『名作うしろ読み』です。



 じつは、著者に興味があって著作を当たっていたところ、本書に出会ったというのですが、こういう発想がいかにも著者らしい。
 「名作の『頭』ばかりが蝶よ花よともてはやされ、『お尻』が迫害されてきたのはなぜなのか。『ラストがわかっちゃたら、読む楽しみが減る』『主人公が結末でどうなるかなんて、読む前から知りたくない』そんな答えが返ってきそうだ。『ネタバレ』と称して、小説のストーリーや結末を伏せる傾向は、近年、特に強まってきた。
 しかし、あえていいたい。それがなんぼのもんじゃい、と。
 お尻がわかったくらいで興味が半減する本など、最初から大した価値はないのである。」
 ということで、本書は、大きく分けて、「閉じた結末」と「開かれた結末」になる、名作のラストシーンの一文をあれこれ紹介してくれるのです。著者の機知に富んだあれこれを、もちろん、書き出しの紹介や一書の勘どころなどにさりげなく触れながら、ちょっと、気になるし読んでみようか、という気にさせるのです。ここが、著者の本当の狙いで、「文句を言っていないで読みなさい」ということでしょう。


うしろ読みを『キャパの十字架』でやってみる

 そこで、本書に触発されて、かねてから印象深く美しいと感じてきたラストシーンを持つ、沢木耕太郎著『キャパの十字架』を、布袋寅泰の『ラストシーン』を聞きながら、「うしろ読み」を実践してみました。




 沢木耕太郎の『キャパの十字架』は、冒頭、「ここに一枚の写真がある。」という一文からはじまります。それは、「写真機というものが発明されて以来、もっとも有名になった写真の一枚でもある。」のですが、「だが、この写真を撮ったとされるロバートキャパは、それについて死ぬまで正確な説明をしようとしなかった。そのため、この写真についてはいくつもの謎が残されることにな」り、その謎を追う旅が、本書なのですが、これ以上はないという簡潔にして的確に筆者の想いをあらわした一文から始まる本書のラストシーンとはどういうものなのか。
 筆者は、ノルマンディー上陸作戦のDデイをさかのぼることおよそ8年前、セロ・ムリアーノの一本道を、逃げ出した村人と反対の、戦場へと向かうキャパとゲルダの姿が偶然とらえられた写真について語ります。その10ヶ月後、ゲルダが、そして17年と8ヶ月後にキャパがそれぞれ死ぬことになることを思うと、これが二人のラストシーンともいえるのですが、じつは、本書のラストシーンは、二人がそれぞれ最後にとった写真にありました。
 「二人が死ぬことになる最後の日に、二人がそれぞれに撮った写真は、私にどこか似たものを感じさせてしまう。ゲルダの『炎上するトラック』には情熱というものの不意の最後が、キャパの『遠ざかるトラック』には情熱というものの静かな消失が移りこんでいるような気がするのだ。とりわけ、キャパが最後に撮った『遠ざかるトラック』は、『ロバート・キャパ』という物語から退場していくに際して、あたかもそのラストシーンを自分で撮ったものであるかのようにさえ思える。」と語り、そして、「だが、セロ・ムリアーノのあの一本道を歩いていたキャパとゲルダには、まだその風景にたどり着くだろう未来は見えていなかった。」という一文がエンディングです。
 最も有名な写真の一枚、その謎を追う筆者の旅に興味がわきませんか。


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