モノが少ないという幸せ

ペンギン堂の飯島です。意見は私個人のものです。

豪雨災害、被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。依然厳しい気象状況が続きそうです。くれぐれもお気をつけてお過ごしください。

大暑 第三十四候『桐始めて花を結ぶ』

1年で一番暑さが厳しく感じられる時期、それだけに、被災地の天候が気になります。

旬の食べ物は、鰻と枝豆、せめて枝豆でも食べて、元気に過ごしたいと思います。


珈琲ノート

 今日の珈琲は「クリスタルマウンテン」でした。キューバの豆だそうです。すっきりした、ピュアな飲み口が特徴という紹介が多いのですが、確かに癖のない、透明感の高い感じがしました。それだけでは物足りないというとそうでもなくて、ちょうど、バランスが取れて、過不足ないのが不満な気もします。わがままなことですが。


"less is more"

 むかし、坂口安吾の執筆中の写真を見ました。ランニング姿で、これ以上はないような散らかり様の中で、仕事をしていました。一見、棟方志功に似ているところがあるなと思いました。机周りは、ものを書く一角が確保されていれば、あとはどうにでもなれ、というのが勢いのある時期のスタンスだったように思います。しかし、身辺がスッキリとした環境になると、思いのほかに、やる気になることもああるのだなと思いました。

 ミース・ファンデルローエの「レスイズモアー」という言葉を思い出したりしました。
 そこで、本書のアドバイスを取り入れて、机の上を整理してみると、なんとなく、机の前に座って、「無用の用」の時間を過ごすことが、快適になってきました。
 ということで、今回は、本書を取り上げました。


モノが少ないと快適に働ける: 書類の山から解放されるミニマリズム的整理術土橋正 著)

 著者は、つとに、文具ディレクターとして著名な方です。

 その経歴から、モノが少ないと快適に仕事が進むというのは、自然の流れと見るか、それとも、認識に転換が起きたのかと見るか?どちらでしょうか。
 この点について、「変えたのは自分自身の考え方」と、著者自身が語っています。
 さて、どこがどう変わったのか、それは読んでのお楽しみでしょう。

 ただ、年齢を重ねることの影響もあるのでは、とも考えられます。

脳と手が直結される

 「モノが溢れる生活は、行き着くところまで行くと、かえって不自由な面が出てくるようだ。」というのはなんとなくわかる気がします。
 デスクまわりがどんな快適限度の構成になっているのか、案外簡単にまねできるところがいい。。
 さらに、「単機能」な道具の話が出たので、なぜそこに行き着いたか、ノートとペンの方がアイデアのかけらを瞬時にキャッチして目に見える形にするのは圧倒的にスムーズだからという著者の指摘は、デジタル全盛のご時世でも、手帳が決して廃れない本質をついているように思います。
 それは「直感的に」使えるからで、「脳と手が太いパイプで繋がっているという感覚がするからだ。」としています。
 著者によれば、「パソコンのキーボードにはどうしても「変換」という作業が伴い、直感性が乏しい」ということです。
 さらに、読書についても、目から鱗の指摘がありました。すなわち、「読書は一冊ずつ、空腹感を感じて食事が美味しいように、読書も適度な欠乏感があった方がいい」ということです。
 昔流の積読は、残された時間を考えると、合わないのかもしれません。
 「ノリタケ」の挿絵がいいです。


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